大判例

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大阪高等裁判所 昭和26年(ネ)780号 判決

被控訴人の昭和二十五年五月八日附公告による別紙目録記載の土地に対する買収計画は、これを取り消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、事  実

控訴代理人は、主文同旨の判決を、被控訴人指定代理人は、「本件控訴はこれを棄却する。控訴費用は、控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、本件土地は控訴人の父亡中井栄三郎が、訴外村井利清と共同で、昭和十五年十一月十一日、住家建築の目的の下に、訴外本岡浅一から買受け当時の耕作者に対し、離作料を支払つて、明渡を受けたが、戦時中にて資材の入手困難のため、建築を見合せ、空地のまゝ放置していたところ、附近の川崎産業株式会社(旧商号川崎航空機株式会社)の社宅居住者が、右土地を同会社の所有地なりと誤認し、食糧難の折柄、十数名が無断でこれを一坪菜園として耕作するに至つたが、昭和二十二年夏頃、訴外中井健治が、控訴人と同姓であるのを奇貨として、該土地が同人の所有であり、かつ自ら耕作するに必要なりと称して、同人等をして、その明渡をなさしめ、爾来中井健治がこれを耕作するに至つたものであり、控訴人先代において、同人にその耕作をさせたこともなければ、その使用を承諾したこともない。しかのみならず、本件土地の南側に接続した右会社の所有地たる、明石市藤江字戸平九一三番の二は宅地として、浴場業訴外寺井参治に、坪当り二百五十円で売却せられているし、又本件土地の西北角の隣地たる、同会社所有の同所九〇二番は、本件土地よりも、街路から遠ざかつているのにかかわらず、買収計画から除外せられ、更に本件土地の南隣地同所九一三番の二も同様の状態にある。結局本件土地は、右のように、住家建築の目的を以て買取られたものであり、耕作を目的とする土地ではなく、宅地である。従つて一時、一坪農園として無断で使用せられたことがあり、又昭和二十二年十月以降、訴外中井健治が無断でこれを耕作するに至つても、これがため、宅地が農地に変ずるわけがない。けだし、自作農創設特別措置法は、耕作者の地位の安定を期するにあつて、不法耕作者を擁護するものでないこと勿論であるからであると補述した外、原判決事実摘示と同一であるからこゝにこれを引用する(証拠省略)。

三、理  由

本件土地が、控訴人の所有に属し、被控訴人が、控訴人主張の日右土地につき、不在地主の小作地であることを理由として買収計画を樹立し、これが公告を為したところ、控訴人より異議、訴願があり、それが何れも棄却せられ、最後の訴願棄却の裁決書が、控訴人主張の日に送達せられたこと、又本件土地は、訴外中井健治において、その耕作中であることは、当事者間に争のないところである。

而して当審における検証の結果によると、本件土地は、明石市藤江中谷町から鳥羽町に通ずる道路沿いの略西側(鳥羽町に向つて左側)に存する土地であつて、反対の東側には、川崎産業株式会社の長屋式社宅約三百戸が一団となつて建設せられ、鳥羽町寄りの北側には、隣接して数戸の住家が建並び、又中谷町寄りの南側は、約四十二米距てて同町の商店街に接し、附近一帯の概況は、田畑に囲まれた街外れであり、本件土地も現在畑として使用せられているが、右のように道路沿いには、人家が建並び、本件土地は、その間にはさまれて取り残されたような恰好の土地の一部であること、ならびに本件土地は、右道路沿いの間口が奥行に比し遙に広く、又奥の西側に接した水田より一段と高所に位し、住家の建築には、容易かつ便利であることが認められるし、又当審証人藤川藤吉、同寺井参治の各証言によると、本件土地の道路沿いの西側近辺には、地目宅地の空地もあるし、又宅地として取引せられた耕作地も存することが窺われ、附近一帯の宅地化の傾向は否定し難く、又これに照応する如く、昭和二十四年、控訴人に対し課せられた相続税は、本件土地を宅地として評価していること成立に争なき甲第六号証によつて明らかであり、かくて、本件土地は、農地としてよりも、住家建築用地としての方が遙に利用に適し、その価値の高いものであることは否むべくもない。又他方本件土地はもと、控訴人の先代亡中井栄三郎が訴外中井健治の仲介により、昭和十五年頃これを買取り、控訴人は、昭和二十四年一月、右栄三郎の死亡による相続に基き、これを承継取得するに至つたものであるが、栄三郎が本件土地を買入れた動機も亦、将来の発展を見越し、従来の農地としての使用を止め、新に住家を建築するつもりであつたのであり、従つて、右購入とともに、当時の耕作者に離作料を支払つてその明渡を受ける処置までとつたのであるが、戦時下建築資材の入手困難と空襲の危険が加はり、遂にこれが実現に至らずして、空地のまゝ残されて来たものであることは、原審ならびに当審証人村井利清、同中井健治の各証言及び当審における控訴人本人尋問の結果によつて、これを認めることができる。

以上のように、本件土地は住家の建築に適し、又その意図の下に所有せられて来たものであるが、さればとて、地目はもとの畑のまゝであること当事者間に争なく、又現に、家屋所有の目的に供した事跡も認められないから、控訴人主張のように、これを以て直ちに、畑が宅地に変じたものと認めることは困難である。

よつて、更に、訴外中井健治の前記耕作が、どんな権原に基づくものであるか、延いては本件土地が小作地であるか否かの判断に進まんに、本件土地は、右のように、空地のまま放置せられていたところ、その後食糧難が加はるに伴い、近辺の川崎産業株式会社(当時の商号は川崎航空機株式会社)社宅の居住者が、無断でこれを一坪菜園として使用するに至つたので、訴外中井健治において、右耕作者等と、交渉の上、同人等を立退かせ、自ら耕作するに至つたものであることは、当事者間に争なく、右の時期が昭和二十一年十一月頃であつたことは、当審証人堀内三七の証言によつて、明らかなところであるが、同人の耕作の権原が、被控訴人主張のように、所有者たる、亡中井栄三郎との間の使用貸借契約に基くものなりとの点については、原審ならびに当審証人中井健治の証言その他被控訴人の全立証を以てしてもこれを確認し難く、却つて、右中井証人の証言に、前記村井、堀内両証人の証言、控訴人本人尋問の結果ならびに、前段認定の本件土地の客観的な環境と所有者の主観的な意図とを綜合して考えるとき、亡中井栄三郎は、前記社宅居住者の無断耕作に不安を感じ、その保全のため、本件土地購入の際の仲介人であり、又事情に詳しい訴外中井健治に、その明渡と爾後の保管を委託するとともに、その傍ら附随的に同人の使用耕作を許諾したのに過ぎないものであることが認められる。従つて、同訴外人に許された使用耕作の範囲は右のように土地の保管が主たる目的であることと、前記土地の性質に照して、自ら限度があり、暫定的なものであるべきは、当然であり、かくの如きは、なお一種の寄託に属し、使用貸借による耕作と同一視し得ないことは、民法第六百五十八条の趣旨からみても明らかであり、これあるが故に、本件土地が、自作農創設特別措置法にいう「使用貸借による権利に基き耕作の業務に供せられている農地」即ち「小作地」に該当するものとはいえないからこの点に関する被控訴人の主張は採用し難い。

果してそうであれば、本件土地が、不在地主の小作地であることに基いてなされた本件買収計画は、違法なりというべく、被控訴人に対し、これが取消を求める控訴人の本訴請求は、正当であつて、右と反対に出た原判決は、失当であるから、これを取り消すべきものとし、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉村正道 大田外一 金田宇佐夫)

(目録省略)

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